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東京高等裁判所 平成5年(ネ)3848号 判決

控訴人

柳原和子

右訴訟代理人弁護士

斉藤誠

山本政明

佃俊彦

市来八郎

坂本福子

松井繁明

杉井静子

今野久子

堤浩一郎

被控訴人

株式会社ケンウッド

右代表者代表取締役

岡誠

右訴訟代理人弁護士

内藤貞夫

染井法雄

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が被控訴人に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3  控訴人が被控訴人の八王子事業所(八王子市石川町二九六七番地三所在)内技術開発本部開発第三部HIC開発プロジェクトチーム(以下「HICプロジェクトチーム」という。)に勤務する義務のないことを確認する。

4  被控訴人が控訴人に対してなした昭和六三年五月九日付停職処分一か月(同日から同年六月八日まで。以下「本件停職処分」という。)の無効であることを確認する。

5  被控訴人は、控訴人に対し、一六七七万二六二三円及びうち二〇四万九八一七円に対する平成元年一月一日から、うち三〇一万九九二三円に対する同二年一月一日から、うち三一四万七九〇五円に対する同三年一月一日から、うち三三二万六三二八円に対する同四年一月一日から、うち三四六万一〇九九円に対する同五年一月一日から各支払済みまで年六分の割合による金員並びに同五年七月二五日から毎月二五日限り一か月二一万四八〇〇円を各支払え。

6  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

7  5項につき仮執行の宣言

二  被控訴人

控訴棄却

第二  事案の概要

次のとおり付加・訂正するほかは、原判決事実及び理由の「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決六枚目表一〇行目の「なかった。」の次に「一〇名体制が必要であった等という事実は存在しない。また、控訴人の異動は、二名の退職者の補充として選定されたものでもない。」を、同裏一〇行目の「者」の次に「、即戦力を有する者」を、同七枚目表一行目の末尾に「したがって、控訴人を狙い撃ちにした不当な人選にすぎない。」を、同二行目の次に行を改めて次のとおり各加える。

「本件異動命令は、被控訴人が子持ちの女性が継続して勤務することを嫌悪し、控訴人が異動に応じることができないため退職せざるを得なくなることを意図して発したものであり、明らかに子持ちの女性に対する被控訴人の女性差別の意思ないし嫌がらせによるものであり、権利を濫用するものである。」

二  同一三枚目表五行目の「つて」を「ついて」と、同一四枚目裏四行目の「有する」を「有し、昭和六三年四月一日から平成五年六月末日までの賃金請求権の合計は一六七七万二六二三円となる」と各改める。

三  控訴人

1  転居自体の不利益性

(一) 本件異動命令は転居を伴わない異動である。

本件異動命令は住居の移転を伴わないものとして発令されている。

被控訴人においては、転居を伴わない異動命令と転居を伴う異動命令については、次のように区別されている。労働協約三〇条三項(3)は「転勤(住所の移転を伴うもの)については原則として発令日の七日前までに本人に内示する。」とあり、同項(4)は「部門(本社各部および事業部)間の異動および勤務地の変更を伴うものについては、原則として発令日の二日前までに本人に内示する。」とある。本件異動命令は住所の移転を伴わないものとして発令されたものであるから、転居を要求するのは不当である。

(二) 控訴人の夫には転居する義務はない。

仮に控訴人が転居することになったとしても、控訴人の夫は、被控訴人会社には勤務していないのであるから、一緒に転居しなければならない義務は一切存在しない。

夫が協力しない場合に控訴人が転居することになれば、単身赴任とならざるを得ないのであって、控訴人だけが単身赴任することは、母子分離かあるいは夫と離れて母子のみの家庭を会社から強いられることになる。

(三) 女性労働者の働く権利及び居住移転の自由の侵害

憲法二七条は、働く権利を定めている。これを受けて労働基準法は、働く条件を定めている。同法一五条には使用者の従業員に対する労働条件の明示義務が規定されている。労働基準法施行規則五条一号にはこの明示義務の具体的内容として「就業の場所」が規定されている。

つまり労働者にとって勤務すべき場所は自己の生活と直接の関わりを持つもの、すなわち、入社にあたって勤務場所を決めてから居所を決め、あるいは居所を定めたうえで勤務場所を決めるものであり、労働条件の重要な事項として「就業の場所」を規定しているのである。しかも、憲法は二二条で居住・移転の自由を認めている。

2  転居により受ける不利益

(一) 転居先の限定と保育園の問題

まず転居の場合、控訴人の移転先は極めて限定された範囲内しか存在し得ない。

被控訴人会社の始業時間は午前八時五五分、終業時間は午後五時三五分である。保育園開園時間は午前八時三〇分から午後五時までであり、特例保育として延長可能な時間は午前八時三〇分の概ね一時間前と午後五時から概ね一時間後である。この保育園の開園時間内に子供を預けられる保育園施設は、被控訴人会社八王子事業所周辺にある保育園としては二か所しかない。これ以外の八王子市内の保育園では通勤の便から二重保育にならざるを得ない。八王子市以外の市では尚更である。

控訴人の子供の保育と被控訴人会社の就業時間とを考え合わせると、結局八王子事業所周辺か、あるいは八王子駅周辺しか住むことができない。被控訴人が主張するような日野市、立川市などに居住することは、結局子供の保育園と被控訴人会社の就業時間との関係で保育園に預けることができなくなり不可能である。

(二) 控訴人の夫の不利益(夫の仕事の内容と通勤時間・疲労の増加)

仮に家族全員で転居したとしても、住宅事情を考慮すると、控訴人の夫の通勤時間は一時間三〇分を超え、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を被ることになる。

控訴人の夫は、外資系の製造会社に勤務し、通信機器の部門に携わり、「カスタマーエンジニアリング」という業務に従事している。その職務の内容は極めて多岐にわたる。多岐にわたる頭脳を集中させる業務を行うのに、控訴人の夫としては極端な疲労を伴う通勤に長時間をかけてはおれないことは明白である。また、ときには顧客先のトラブル発生の際は直ちに現地で対応することも含まれ、顧客は全国を網羅しているため、航空機を使用しての出張もあり、その際も品川区の現住居は必須なのである。

これが八王子に転居することになれば、途中の極めて長時間に及ぶ異常な通勤ラッシュによる疲労が業務に大きく影響することは明らかである。

(三) 生活上の不利益

共働き世帯にとっての生活上の利便等品川地域に居住する意味は重大である。また、八王子の保育状況は都内で最も条件が悪い。

四  被控訴人

1  転居を伴わない異動と転居を伴う異動は、質的に異なる異質の人事異動ではない。二つの異動についての区分は、被控訴人において通勤所要時間が長時間を要すると判断される異動について、これを転居を伴う異動として優遇措置を与えることとし、通勤所要時間がそれ以下に当たる異動と、その取扱いを分けるためのものである。したがって、本件人事異動は転居を伴わない異動に当たるものであるが、控訴人が希望すれば、優遇措置の準用等を考慮できるとしていたものである。

また、この場合とは逆に転居を伴う異動に該当する従業員が、転居せずに通勤する場合も多い。これは右のように二つの異動が質的に異なるものではないからである。つまり被控訴人がその取扱い上二つに区分しているにすぎないものである。

2  被控訴人は、控訴人の夫に転居する義務があるなどと主張しているのではない。夫婦共に仕事を持ち、職場に勤務する者は、通勤その他の生活に関して支障が生ずる場合には、夫婦双方が互いに協力し合うのが当然であり、これを負担し合って解決するように努力するのが常識であると主張しているのである。

3  控訴人のその余の主張は争う。

第三  争点に対する判断

次のとおり付加・訂正するほかは、原判決事実及び理由の「第三 争点に対する判断」欄の記載と同一であるから、これを引用する。

一  原判決一六枚目表二行目の次に行を改めて以下のとおり加える。

「証拠(甲二三、乙二四、三三の一・二、証人久保田公弘、同布川元晧)によれば、被控訴人会社の労働協約及び就業規則には、「人事は会社の権限と責任で公平におこなう。異動のうち、出向(従業員の身分を保持したまま、関連会社又はこれに類する機関の指揮命令系統のもとに業務を行うこと)、転籍(関連会社への転出)については、本人の同意のうえ行う。」(労働協約三〇条)、「会社は、業務上必要あるとき従業員に異動を命ずる。なお、異動には転勤を伴う場合がある。」(就業規則三五条)との定めがあり、現に労働協約及び就業規則に基づいて従業員の異動(転勤)を行っており、昭和六一年一〇月に生産本部技術部門を目黒区青葉台ビルから八王子事業所に移管した際には、従業員二四八名につき異動を実施したことが認められ、控訴人が昭和五〇年七月に被控訴人会社に入社するにあたり、両者間で締結された労働契約には控訴人の就労場所を特定の勤務地に限定する旨の合意がされたことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人会社は、控訴人の個別的同意なしに控訴人の勤務場所を決定し、控訴人に異動(但し、出向と転籍を除く。)を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。

そして、使用者は、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う異動は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えるから、使用者の異動命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないところ、当該異動命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該異動命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該異動命令は権利の濫用になるものではないというべきである(最高裁判所第二小法廷昭和六一年七月一四日判決・裁判集民事一四八号二八一頁参照)。」

二  同一六枚目表七行目「乙」から「供述」までを「一八、五七、乙七の一、三一、証人柳原正樹、控訴人〔原審及び当審〕」と改め、同一〇行目の「家族で、」の次に「東京都品川区旗の台四丁目五番一一号所在の二階建居宅の一階部分を夫名義で賃借して居住し、」を、同一六枚目裏末行の「送迎は」の次に「徒歩により」を各加える。

三  同二〇枚目表三行目の「この」から同二二枚目表九行目までを次のとおり改める。

「ところで、本件異動命令が転居を伴わない異動として内示され、かつ発令されたことは、当事者間に争いがない。そこで、控訴人が現住所から八王子事業所に通勤する場合、通勤時間(片道)に約一時間四三分を要する点についてみると、昭和六三年二月当時、八王子事業所の男子従業員のうち通勤時間(片道)に一時間三〇分から二時間二〇分以上を要する者が数拾名、女子従業員のうち一時間二〇分から二時間近くを要する者が約一〇名おり(甲一〇、証人久保田公弘、同布川元晧)、これに近時の首都圏における通勤事情を考慮すれば、約一時間四三分の通勤時間(片道)それ自体は通勤可能な範囲内の所要時間というべきである。

次に、控訴人夫婦が保育のできない時間帯の保育上の問題についてみるに、被控訴人は、本件異動命令に先立ち、控訴人の経歴、家庭状況及び通勤時間等を総合的に検討した結果、通勤可能と判断したものであるが、予想に反して、控訴人に本件異動命令を拒否されたので、事態の打開を図るため、控訴人との間で、勤務時間、保育問題等について十分話し合い、できる限りの配慮をしたいと考えていたが、控訴人は、この話し合いに積極的に応じようとせず、本件異動命令拒否の態度を貫き、被控訴人会社の担当者に話し合いの機会を与えないまま欠勤を続けた(証人久保田公弘、同布川元晧)。控訴人がこのような頑な態度をとらずに、長男の保育問題の打開策を見出すために、被控訴人の担当者との話し合いに応じ、また、夫や保育園児の親、従前二次保育を依頼していた元の同僚鈴木芳子及び保育園のパートタイマーの保母小林稔子、職場の上司、同僚等に相談して、控訴人の置かれた状況を説明し、これに対する理解と協力を求めたならば、控訴人夫婦が保育のできない時間帯の保育問題を解決することができた余地があり、また、相応の経済的負担を伴うものではあるけれども、さらに別の第三者に保育を依頼することも可能であったのではないかとも思われるし(現に控訴人は八王子事業所への通勤を前提として和解交渉に臨んだこともある〔甲三一、乙四五、四六、控訴人・当審〕。)、被控訴人は、右のとおり、控訴人との間で、通勤時間及び保育問題等につき十分話し合ってできる限りの配慮をしようと考えていたというのであるから、いかなる場合にも現住居から八王子事業所への通勤が不可能であったということはできない。

次に、転居による通勤、保育園保育の可能性についてみると、被控訴人は、控訴人が通勤時間と保育問題を理由に本件異動命令を拒否したことから、本件異動命令は転居を伴わない異動として内示・発令したものではあるけれども、控訴人において転居して八王子事業所に通勤するのであれば、引っ越し費用の支給、異動期間の取扱いについて転居を伴う異動に準じた取扱いをすることを控訴人に伝えていた(乙二、証人山田養一郎)。転居を伴う異動と転居を伴わない異動とは、内示の時期、異動期間、異動に伴う費用負担等の優遇措置の有無に差異の生ずるものにすぎず、本件異動命令は転居を伴わないものとして発令されたものではあるが、控訴人が転居を希望する場合には、被控訴人において、転居を伴う異動に準じた優遇措置を実施し、異動期間の配慮をすることを了解していたのであるから、その間に質的な差異はないものというべきである。したがって、控訴人の主張するように転居を伴わない異動であることのみを前提として、履行が可能かどうかを審理すれば足りるというものではない。

そして、前認定のとおり、本件異動命令の当時、八王子市内ないしその周辺に転居先住居及び転園先の保育園を確保することが可能であったのであるから、控訴人が八王子事業所近辺に転居すれば、控訴人の主張する保育問題等は容易に解決することができたといえる。

控訴人は、転居のできない理由として、現在の生活状況を変えることは非常な不利益を伴うこと、夫に転居の義務はないこと等を主張し、これに沿う供述をする。また、証人柳原正樹も勤務状況等に鑑み転居は困難であると証言する。しかしながら、夫婦が共に仕事を持ち、かつ、子が幼児である場合には、一般に妻により多くの負担がかかるであろうから、それによって通勤や勤務に支障が生ずる場合には、夫婦双方が協力し合って前向きに問題を解決するよう努力すべきは当然である。証人柳原正樹の証言により認め得る当時の控訴人の夫の職務内容、勤務状況に鑑みると、転居に伴ってある程度の不便・不利益の伴うことは否定し得ないが、これは転居に伴い通常甘受すべき程度のものであり、転居を妨げる客観的障害事由ということはできない。

控訴人の夫の通勤時間についても、居住地を八王子(豊田を含む。)、日野、立川の各市に定めた場合、電車で約一時間(但し、居宅から乗車駅までの時間を含まない。)の所要時間であるから、都内及びその周辺の昨今の住宅事情及び通勤状況を考慮すれば、右の程度の通勤時間は、格別異を唱えるほどの事由とはいえず、控訴人の夫の職務内容、勤務状況を考慮に入れても、通勤可能な所要時間ということができ、共働き夫婦の一方が転勤を命じられて転居した場合に通常伴う程度の負担というべきである。また、八王子周辺が品川区より特段生活上の不利益を受けるとは認め難い。

なお、控訴人は、本件異動命令が憲法二七条、二二条に違反すると主張するが、前認定のとおり控訴人の就労場所を特定の勤務地に限定する旨の合意は認められず、通勤あるいは転居に通常甘受すべき程度の負担を伴う異動命令が憲法二七条、二二条に違反するとは到底いえない。

以上のとおり、控訴人が通勤又は転居により本件異動命令に従うことは実際上可能であったというべきであるから、この点に関する控訴人の主張は採用しない。

2 雇用機会均等法二八条一項(但し、平成三年法第七六号による改正前のもの。以下同じ)の努力義務の過怠について

雇用機会均等法二八条一項においては、女子を雇用している事業主に対し、女子従業員が育児のために退職しなくてもすむように、育児休業その他の育児に関する便宜の供与をなすよう努力義務が課されていたから、被控訴人においても、同条項の趣旨に従い、女子従業員である控訴人に対し、その長男の保育につき、保育園等に預ける場合の勤務時間について配慮しなければならない。

この点については、被控訴人は、前記のとおり、本件異動命令を発令するにあたり、控訴人との間で、通勤時間及び保育問題等につき話し合いの機会を持ってできる限りの配慮をしようと考えていたものであり、控訴人が本件異動命令に従って八王子事業所において就労した場合には、控訴人の長男の保育につき、保育園等に預ける場合の勤務時間(遅刻・早退の取扱いを含む。)に十分配慮する用意があったのであるから、被控訴人には同条項の違背はないというべきである。

なお、控訴人は、その主張するような高血圧症に罹患していることが認められる(甲七、八、控訴人本人の供述)が、控訴人が現住所から八王子事業所に通勤する場合、都心を通過する時間がいわゆる通勤ラッシュの時間帯ではなく、また、八王子事業所に向かうのは都心に向かうのとは逆方向となるため、電車には空席があり、ある程度は座席に座れる状態で通勤することができると思われ、これに控訴人の従前の通勤・勤務状況を考慮に入れると、控訴人が高血圧症のために通勤が困難であるとまでは認めることができないし、二男の妊娠も、本件異動命令後のことであるから、本件異動命令の有効性の判断資料とはならない。

以上の事実によれば、本件異動命令は、控訴人に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるということはできない。

よって、この点に関する控訴人の主張も理由がない。」

四  同二五枚目表七行目の「この」から同裏一行目までを次のとおり改める。

「右二名の補充は、早急に必要であったといえる。このように本件異動命令は、生産計画の変更(増産計画)に対応して、HICプロジェクトチームを一〇名体制とする人員増員計画を実施する中で生じた退職者二名の補充をするために必要不可欠であったのである。

したがって、本件異動命令によってHICプロジェクトチームの退職者の補充をしその人員を増員する必要性はなかったとする控訴人の主張は理由がない。」

五  同二六枚目表八行目の「印刷」を「捺印」と改め、同二九枚目裏五行目の次に行を改めて以下のとおり加える。

「なお、業務上の必要性については、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務の必要性の存在を肯定すべきである。

これを本件についてみると、控訴人は、被控訴人がHICプロジェクトチームの補充要員の選定基準とした製造現場経験者で即戦力となる者であること及び年齢四〇歳未満の者であることという二つの基準を充たす者であったのであるから、控訴人を本件異動の対象者として選定し八王子事業所勤務を命じた本件異動命令には業務上の必要性が優に存したものということができる。」

六  同三〇枚目表二行目から五行目の「証言)、」までを次のとおり改める。

「しかし、前認定のとおり、本件異動命令は、八王子事業所のHICプロジェクトチームの高橋課長から増員要請がなされ、本社の福地人事部長の命により人事部において本件異動の対象者を検討して控訴人を人選し、同人事部長においてその権限に基づいて決定したものであって、山田室長には本件異動命令について何ら決定権限がなく、同室長は、本件異動の決定に係わる立場になかった(証人山田養一郎)。そして、山田室長が控訴人を退職させるための嫌がらせないし報復をするという不当な動機・目的をもって本件人事異動の決定に関与したことを認めるに足りる証拠はない。また、本件異動命令が子持ちの女性が継続して勤務することを嫌悪する等女性差別、嫌がらせの目的で発令されたものであることを認めるに足りる証拠もない。」

七  同三〇枚目表一〇行目の次に行を改めて以下のとおり加える。

「以上認定した事実関係の下においては、本件異動命令は権利の濫用に当たらないと解するのが相当である。」

八  同三一枚目表八行目及び同三二枚目裏一〇行目の各「証人」の次に「久保田公弘、同」を、同三三枚目裏八行目の次に行を改めて以下のとおり各加える。

「控訴人は、本件異動命令後に第二子を妊娠した事実を加味して本件懲戒解雇処分の効力を判断すべきであると主張するが、前認定のとおり、控訴人が本件異動命令後欠勤を続けたのは、本件人事異動を拒否していたことによるものであって、第二子を妊娠したことによるものではない。また、控訴人が第二子を妊娠したこと自体は無断欠勤の継続を正当化する事由となるものでもない。」

第四  結論

以上の次第であり、本件異動命令、本件停職処分及び本件懲戒解雇処分はいずれも有効であるから、これらの無効なことを前提とする控訴人の本件各請求は失当であり、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官時岡泰 裁判官河野信夫 裁判官小野剛)

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